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her life - janis joplin

ジャニス・ジョプリン
ヒッピー文化と共に生きたブルース&ロックの女王

2016.09.08 music

わずか4年という活動期間ながらも、魂を振り絞るような歌とパフォーマンスで、
60年代のミュージックシーンに強烈なインパクトを残したジャニス。
悲しみや怒り、喜びを表現に変え、唯一無二のスタイルを築き上げた、
その生き様が示すPERKガールへのメッセージを読み解こう。

パワフルな歌声と生き様で伝説となった女性シンガー

煌びやかなボヘミアンファッションに身を包み、ときに雄叫びを上げるように、ときに優しく語りかけるように、全身全霊で愛や孤独を歌う……。古き良きアメリカ像が崩れ始め、旧体制に反発する若者の熱で溢れ返っていた60年代後半のサンフランシスコ。そこに強烈な個性をもって現れ、聴衆の心をかっさらっていった1人の女性シンガーがいる。それがジャニス・ジョプリンだ。デビューからこの世を去るまでわずか4年だったにも関わらず、音楽やファッション、生き様、そのすべてにおいて人々を引きつけてやまなかった彼女。今回はそんなロック史上稀に見る歌い手の魅力を、知られざる人生の軌跡とともに振り返ってみたい。

ジャニスは1943年、アメリカ南部のテキサス州で生まれた。中流のサラリーマン家庭に育ち、5歳のときに地元の聖歌隊に所属。早くからゴスペル音楽に触れ、14歳のときにはベッシー・スミスのレコードをきっかけに、ブルースに慣れ親しむようになる。やがて高校に進学、多感だった少女はビートニクカルチャーの洗礼を受け、詩を綴ったり絵を描くことに心酔し、自己実現の欲求を募らせていく。いつしかその熱は歌に注がれるようになり、仲間に黒人歌手さながらのブルースを披露して驚愕させるが、一方でニキビ面の太った容姿をからかわれたり、その特異な性格を否定され酷いイジメにもあっていて、このことは彼女の人生に暗い影を落とした。

高校卒業後は地元の名門、テキサス大学に進学。ブルーグラスのバンドに加わるが、20歳のときに大学をドロップアウトして憧れの地、サンフランシスコへ。人種差別撤廃のデモに参加したり、バーに入り浸り、憧れていたミュージシャンたちの生き方を真似るようになる。またこの頃からソロとしても歌い始め、初めてフォークフェスへ参加。ボブ・ディランに遭遇し、自身も歌手としての成功を強く心に誓うが、日常化していた酒とドラッグの服用によって体調を崩し、静養のため故郷へ送り返されることになる。

しかし彼女の人生はこれでは終わらなかった。音楽業界で活躍していた友人から「新しいバンドを立ち上げるのでボーカルをやらないか」と声をかけられ、23歳でビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーの一員としてデビュー。翌年1967年にはモンタレー・ポップ・フェスティバルに出演。ブルースとロックを織り交ぜた独自の歌唱法とパフォーマンスで評判を呼び、センセーショナルを巻き起こす。そしてにリリースされたアルバム『チープスリル』は100万ドルを売り上げ、彼女は一気にスターダムに押し上げられる。しかしそのバンドも2年で脱退、ジャニスはさらなる高みを目指すために、26歳のときに新たにコズミック・ブルース・バンドを結成。社会現象としても取り上げられた伝説のロックフェス、ウッドストックに出演する。ヘロインでフラフラになりながらも、聴衆を奮い立たせるようなアグレッシブなステージを披露。また個性的なファッションセンスでも注目を浴び、ヒッピー世代のアイコンとして迎え入れられる。だがその裏で、新バンドを成功に導くプレッシャーやドラッグの過剰摂取により、徐々に精神のバランスを崩していく。心の拠り所となる恋人がいた時期もあったようが、幸せな期間は長くは続かず、ひとたび舞台を降りると孤独に襲われ、彼女はこう周囲に漏らすようになる。「ライブは幻想。ショーが終われば観客やメンバーは家路につき、そして私はひとりぼっちになる」と。

歌でなら社会に認められる。そう信じ突き進んできたはずなのに、なぜこんなにも孤独で苦しいのだろう。長年の心の葛藤は、ある出来事が引き金となって、人生を大きく狂わせていく。次のバンドが解散した翌年の1970年、ジャニスは高校の同窓会に報道陣を引き連れて出席するのだが、そこでかつてのトラウマを思い起こさせるような悲惨な出来事を経験してしまう。スターとなり10年ぶりに凱旋した彼女に、同級生たちは誰ひとりとして近寄らず、当時と変わらない冷たいあしらいを受けたのだ。「卒業前のダンスパーティだって、誰も私をエスコートしなかったのよ。あれからずっとみじめだったわ」とカメラの前で笑ってみせるジャニス。しかし内心は想像を絶するくらい深く傷ついたに違いない。この事件がきっかけになったかは定かではないが、同年の1970年、彼女はアルコールとヘロインの過剰摂取により、レコーディングのために滞在していたホテルで、ひっそりとこの世を去る。27歳の早すぎる死だった。

幼い頃から異端児として社会から弾かれ、ずっと愛に飢えていたジャニス。差別されることの痛みや辛さがわかるからこそ、黒人たちのルーツミュージックでもあるブルースに強く引かれ、不安や孤独をかき消すために、ドラッグに溺れたのかもしれない。しかし皮肉にも、そんな辛い背景が、彼女にしかできない表現方法を確立させたことも確かだ。不器用ながらも、人生をかけて夢の実現に心血を注いだ彼女。ジャニスのインディペンデントな生き方は、皆と同じことが善しとされる今の時代に、〝人と違うことこそが最大の強みであり、その個性を研ぎ澄ませた者だけが何かを創造でき、成功を手にできる〟という、強いメッセージを送り続けている。

 


keyword of her 01

魂を震わす声とパフォーマンス

ロック史に残る偉大なシンガーとして、今もなお語り継がれるジャニスの魅力。それは何といっても、黒人歌手さながらのエネルギッシュな歌声とパフォーマンスにある。ブルージーなハスキーボイスと高音のシャウトを使い分け、聴衆に訴えかけるように歌う姿は、カウンターカルチャーに湧く当時の若者の胸を強く打った。

keyword of her 02

ヒッピームーブメントの寵児に

ジャニスが生きた60~70年代のアメリカは、カウンターカルチャーが隆盛を極めた時代。既存の価値観にNOを突きつけ、自由を謳歌する若者が新たなムーブメントを生み出すなか、モンタレー・ポップやウッドストックなる初の野外ロックフェスも開催。彼女は男性顔負けのパワフルなステージングを披露し、支持を集めた。

keyword of her 03

セクシャルマイノリティな生き方

あまり知られていないが、ジャニスが付き合った恋人の中には何人か女性も含まれており、実はバイセクシャルだったという事実がある。今でこそLGBTを隠さない女性ミュージシャンは多いが(st.VINCENTやSokoなど)、当時ではごく少数派。固定概念に縛られることなく、感情の赴くままに生きた彼女らしいエピソードだ。

keyword of her 04

後世のミュージシャンへの影響

黒人のルーツでもあるブルースを圧倒的な歌唱と表現力をもって自分のものにする。当時白人には無理とされていたことをジャニスは軽々とやってのけ周囲の度肝を抜いたが、その功績は後に続く新たな才能の希望にもなっていたようで、エイミー・ワインハウスやピンクを筆頭に、影響を公言する女性シンガーは数知れない。

keyword of her 05

誰も真似できないヒッピールック

民族調のトップスやフレアパンツを纏い、ファーのヘッドピースやサイケなスカーフ、胸もとにはビーズのネックレス……etc。ジャニスは独創的なセンスを持ち合わせたヒッピー世代のスタイルアイコンでもあった。その着こなしはデザイナーたちのアイディアソースにもなり、現代のトレンドとして反映されることも多々。

DENMARK - APRIL 19:  Photo of Janis JOPLIN; Janis Joplin, posed, smoking cigarette  (Photo by Jan Persson/Redferns) DENMARK – APRIL 19: Photo of Janis JOPLIN; Janis Joplin, posed, smoking cigarette (Photo by Jan Persson/Redferns)

 

keyword of her 06

絶頂期に訪れた衝撃的な死

周りと馴染めず、幼少期から“はみだし者”だった彼女。高校や大学でも執拗ないじめを受け、心に深い傷をつくったという。その疎外感はキャリアが成功してからも付きまとい、結果ドラッグを絶つ事ができず、ヘロインとアルコールの過剰摂取により、アルバム制作中に滞在していたホテルで、27歳という若さで急死した。


 

discography

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『Big Brother & the Holding Company』

(ソニー・ミュージックジャパン インターナショナル 1967年)
ジャニスの歌声が世に知られるきっかけとなったバンド名義のデビュー作。本作とモンタレー・ポップへの出演が、後のアルバム『チープスリル』の大ヒットへと繋がった。

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『Pearl』

(ソニー・ミュージックジャパン インターナショナル 1971年)
惜しくも遺作となったラストアルバム。「Me And Bobby McGee」や「Move Over」などを収録した本作は、ロック史に残る名作といわれ、全米では9週連続1位に輝いた。

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『Janis:Little Girl Blue [Original Motion Picture Soundtrack]』
(ソニー・ミュージックジャパン インターナショナル 2016年)
9月公開のドキュメンタリー映画の中で使われている「Tell Mama」や、未発表の「Piece Of My Heart」のライブ音源を収録。全17曲で構成されたオリジナルサウンドラック。

information

珠玉のドキュメンタリー映画、公開中!

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ジャニスの人生を映画監督のエイミー・バーグがドキュメンタリーとして映像化。貴重なライブ映像や関係者の証言をもとに、彼女の素顔と心の闇を描き出す。

『ジャニス:リトル・ガール・ブルー』

提供:キングレコード 配給・宣伝:ザジフィルムズ

シアター・イメージフォーラムほか全国で順次公開中!